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http://d.hatena.ne.jp/mkei/20051118#c1132457254
http://d.hatena.ne.jp/mkei/20051118#c1132726692

いい加減なコメントに返答してくれたid:mkeiさんに感謝。
他の人のコメント欄にだらだら書き続けるとこれまでいいことがなかったので思ってることはこちらに書きます。
「天皇制はナショナリズムでしょうか」といったのは天皇制がなければ日本のナショナリズム(愛国心?)は成り立たないのか、という疑問からでした。私は完璧な市場を仮定する経済学者のように、仮定に基づいて問いかけます。「天皇家がなかった場合のナショナリズムと天皇家があることによるナショナリズムは別のものでしょうか」
こんなことを書くと基地外のようですが「天皇制に合理性がない」という東海アマさんの主張には私は賛成です。長年続いてきた制度を今になって取りやめるのは大変なエネルギーが要る、という以外に天皇制を維持し続ける合理的な理由があるでしょうか。
もしそんな制度がなかったとしたら日本はばらばらになってナショナリズムすらもてない状態になるでしょうか。私はそうはならないと思います。外国に住むと自分が日本人でしかないということは日本にいるときよりも強く感じます。日本についてのくだらないと思う部分やばかばかしいと思うところもたくさんあります。しかし、天皇の存在とは関わりなく私は日本が好きだといえます。そんな私のナショナリズムは天皇に対する敬愛を必要とするナショナリズムと比べて劣るものでしょうか。
昭和天皇は第二次大戦末期にアメリカ軍の伊勢湾上陸が予想されるころになると、伊勢神宮熱田神宮に保管される三種の神器のうちの二つ、鏡と剣が確保できなくなる、つまり「国体」が護持できなくなる、ということを気にして、これが降伏の決意にもつながったようです。私はこれを知ったとき、なにかの冗談かと思いました。三種の神器!アナクロニズム
前首相の森喜朗が日本は「神の国」と言った時に叩かれましたが、実は多くの日本人の無意識にとって、これはあながち間違いではないのかもしれません。天皇を敬愛することがナショナリズムとイコールであるならば、それは日本が「天皇を中心とした神の国」であることを認めるということのように思います。そう考えること自体が良い悪いと言う事はできませんが、私は余り認めたくないです。