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こどもはまほうがつかえるんだよ

娘がヴァイオリンをやりたいと言ったのは間もなく4歳になる頃だ。私の兄がヴァイオリンを練習しているところを見たせいなのかどうかはわからないけど、なぜか彼女はヴァイオリンをやってみたいと言った。


たまたま近所の人が子供を鈴木メソッドのヴァイオリン教室に通わせているということだったので、見学させてもらうとやはり「ヴァイオリンやりたい」という。親もそういった音楽が好きなもので、楽器を小さい頃から習わせてみようなどという考えもあったことから通わせることにする。


最初は、今では見なくなったVHSテープのケースを弓に見立てた菜箸でこする練習から始まり、おもちゃのような1/16ヴァイオリンでキラキラ星を練習し始めるようになった。親のひいき目もあるだろうけれども毎日練習をさせ、うまくできればほめてやっているとずいぶんと上手に弾けるようになった。教室の先生も大げさなくらいに褒めてくれた。


でも娘は極端な恥ずかしがりやで、家族や先生の前では弾けるけれども、祖母や祖父、その他の友達の前では全然演奏はできなかった。教室では月に一回、グループレッスンと称して生徒たちが全員集まって一緒に練習する機会があるのだけれどもそのときもみんながいるステージの方には出てゆけず、母親にくっついて泣いてその時間が過ぎるのを待っていることしかできなかった。


教室に通い始めて約半年、ずっとそんな調子だった。教室での発表会も近づいてきた。同じ時期に始めた子達と比べても娘は進みが早く、親としては嬉しいながらも、それより下手な子でも堂々と人前で弾いているのに、それができない娘に苛立ちも感じていた。何度も「もうやりたくなかったらやらなくていいよ」と言ったけど、娘は「やる」と言い続けた。それでも人前に出て弾くことはできなかった。


発表会の直前のグループレッスン。期待もせずに連れて行くがやはり娘は弾こうとしない。いつもと同じ、泣いて、ぐずって、母親にしがみついていた。


発表会当日。曲そのものはまあまあ満足できるくらいに弾けるようになっていたのだけれど、内心「どうせ一人でステージの上で弾くなんてできないだろうな」と親達は思っていた。「ひとりでちゃんとひける?」と聞いたら「うん」と答えてくれたけど、それを信じてはいなかった。


迎えた本番。順番が回ってくると娘は先生に付き添われてステージに上がり、一人でヴァイオリンを構えて、堂々と「こぎつね」を弾いた。真剣な顔をして弾き終わると、少し微笑んでお辞儀をした。親達は驚いた顔を見合わせた。


演奏の終わって戻ってきた娘に聞いた「どうしてこれまで一人でみんなの前で弾けなかったのに、急にできるようになったの?」
娘は間をおかずに「こどもはまほうがつかえるんだよ」と言った。